I wish...
I wish to be great Illustrator and create Manga, Therefore, establish myself like you.
And I hope you are guided by a good heart and lead the world toward peace.
「ファウスト」前狂言 ゲーテ 高橋義孝訳


Reading Faust / Old Faust
前狂言
座長、座付詩人、道化役。
座長 御両所には、これまでにもたびたび危ない折々を助けていただいてきたのだが、どうでしょう、こんどの出し物がこのドイツの土地で当たりを取るか取らないか、一つ占ってみてくれませんか。とにかくお客さんを滅法界悦ばせてみたい。お客が悦べば、こっちも潤うわけだから。小屋も建った、舞台もできた、あとは幕を揚げさえすればいいというところです。客はもう桟敷にどっかと陣取って眉を吊り上げ、玉手箱の蓋の開くのを今や遅しと待っている。それはわたしだって、客を悦ばすつぼを知らないではないが、こんどばかりはほとほと参ってしまった。なるほど、飛切りの上物でなければそっぽを向くというお客じゃないが、何しろえらくいろいろと読んでいますからな。一体どうすれば、万事が目新しく意味ありげで、しかもご見物衆のお気に召すというように持って行かれるか。むろん大入の景気が見たいからこそこういうのです。見物が小屋にどっと押しかけてきて、押合い、圧合い大騒ぎをして、狭い木戸口を通ろうとする。昼日中、まだ四時も打たないというのに、大層な人波が切符売場に押し寄せてきて、飢饉年のパン屋の店先さながらに、切符一枚のためなら骨の一本も折ろうという、そういう奇蹟をいろいろな人間に起させるというのはただ詩人あるのみだ。どうです、今日はそいつがお願い申したい。
詩人 どうかあの群衆のことはいわないで下さい。あの手合いを見ると、われわれ詩人は意気阻喪してしまうのです。 無遠慮にわれわれをその渦に巻き込むあの群衆はまっぴらごめんなのです。それよりは、天上の静かな片隅へ連れて行って下さい。われわれ詩人が真の生甲斐を感じ、愛と友情が浄らかな手で詩人の心の祝福を作り育ててくれる場所は、あすこしかないのです。
そこでわれわれの胸奥から迸り出るもの、おずおずと言葉にしてみようとするもの、その時々で出来不出来はあるが、そういうものは、群衆の前に引出されると、雲散霧消してしまうのです。何年もかけた挙句にやっと完成する、そういうことも少なくはないのです。どぎつく光るものは場当たりを狙っているので、本物は永くのちの世に残って行くのです。
道化役 その「のちの世」はやめていただきたいね。このわしが「のちの世」とやらを慮ったら、一体誰が現在只今の人たちを笑わせるのですか。現在只今生きている人たちが問題さね。 腕のいい役者が一枚いるってことは、これはこれでなかなかのことだと思いますな。面白おかしく芸のやれる役者なら、お客のむらっ気なんぞに腹は立てない。そういう役者は、お客が大勢いてくれた方が、どっと沸かせやすいから、大入りを望むんでさ。だからあなたもあなた流儀に堂々とおやんなさい。理性、分別、感情、情熱、その他なんでも、空想というやつに、ありったけのお供をつけてね。ただし忘れちゃいけませんぜ、道化なしでは車は動かない。
座長 まあとにかく事件沢山がいい。見物は見に来るのだ、見て面白いのが一番だ。舞台で次から次へと事件が展開して、お客が口をあんぐり開けて見ているようなら、大当たりは間違いなし。そうなればあなたは押しも押されぬ人気作者だ。見物が大勢なら事件も盛り沢山と行くしかない。そうすれば結局誰でも何かしら見つけ出せる。いろんなものを並べてやれば、沢山の人に何かしら持たせて返すということになる。 客の一人一人が満足して家に帰っていくというわけだ。一つの作も、はなから砕いて舞台に出すんですな。そんなごった煮を作ることなんぞ、造作ないでしょう。案ずるより産むがやすしさ。たとえあなたがまとまったものを出したところで、見物はそれをバラバラにして食べるんですからな。
詩人 そういう小手先仕事がどんなにいけないことか、どれほど詩人に不似合いなことか、おわかりではないようですね。どうやらご立派な先生方のやっつけ仕事を、あなた方はこの上ないものとしていらっしゃる。
座長 そういわれても、私は腹は立てませんな。しかるべき仕事をしようという人間は、その仕事に最も適した道具を使おうとするものだ 。よろしいかね、あなたが割るのは柔らかな木だ。誰を相手にしているのか、そこのところをよく考えてみて下さいよ。いいですか、暇つぶしにやってくるのもいれば、腹ごなしにやってくるのもいる。それから一番始末のわるいのは、雑誌類に飽きて芝居に出かけてくる連中だ。仮面舞踏会へでも出かけて行くみたいに、うわの空で芝居小屋へ急いでくるが、足を早めてというのも、物見高さからにすぎない。女の客は手前の顔と衣装を見せにくるんで、給金なしで一緒に芝居をしてくれる。あなた方は、詩人という高みにいて、何を夢見ていらっしゃるんだ。ではなぜ大入りが嬉しいんですか。お客さんの一人一人をよく見てごらんなさいな、半分は情け知らずで、半分は田舎っぺえだ。芝居がはねたら手慰みをと思っているのもいれば、曖昧屋にしけ込んで夜っぴで騒ぐのもいる。そういう連中が相手だというのに、美だの詩だのも気の利かない話じゃありませんか。とにかく、これでもか、これでもかと並べ立てるにかぎる。そうすれば、まず間違いはない。ただ煙に撒いてやろうとすればいいんで、本当に満足させてやろうというのは、これはちょっと難しい⸺ おや、どうしました。感心したんですか、それとも御気分でもわるいんですか。
詩人 他の人ならいざ知らず、そんなことがこのわたしにできますか。詩人最高の権利を、天与の人権を、あなたのために、恥ずかしくもなく、どこかへ投げ捨ててしまえとは。そもそも詩人は何によって鬼神をも感ぜしむるのですか。 詩人は何によって四大に打勝つのですか。それは調和というものによってでしょう。胸から流れ出て、全世界を再びその胸の中へ手繰り込むその調和ではないでしょうか。 自然が果てしもなく長い糸を冷ややかに紡ぎ出して、無理やりに糸巻きに巻きつけて、また生きとし生けるものの雑然たる群が、おぞましくも騒々しい音を立てている時⸺ このいつも同じに流れて行く線を、リズムを持って動くように、活きいきと区切ってやるのは、一体誰でしょう。一つひとつのものを厳かな秩序に組み入れて、すばらしい和音を奏でさせるのは誰でしょうか。盲目の嵐を情熱に浄化させるのは誰です。夕映えを意味深遠な色に燃え立たせるのは。恋人同士の歩む小道に、春の美しい花という花を撒いてやるのは一体誰ですか。ありふれた緑の葉を編んで、いろいろな功業への誉れの冠とするのは誰か。オリュンポスを護って、神々を集わせるのは誰だ。詩人のうちに示顕する人間の力ではないのか。
道化役 じゃ、その結構な力を使って、世間のひとが色事でもやるように、 詩人の道にお励みになるんですな。 ふとしたはずみに知り合って、胸ときませて、足を停め、それから次第に深くなり、最初はただもう夢中だが、やがてすねたり怒ったり、か。楽あれば苦ありは、いずこも同じ。ふと気がつくと、もう一篇の小説になっているという寸法さ。そういう芝居がいいじゃありませんか。現実の人生を描かなくちゃだめでさ。てんでにやってはいても、自分でそれに気づいている人は少ないということがあるもので、そこですよ、詩人が手を下すところは。 色とりどりの場面を出して、はっきりしたところは少しにし、間違い沢山にしておいて、ちらりと真理を覗かせる。そうすれば、世間の人たちが飲んで喜ぶ。極上の酒が醸し出される。またそうすれば、あなたの脚本の前に立派な若者たちが群がり寄ってきて、あなたの作品が語り継げるものに耳を傾けるし、心のこまやかな人は誰でも、あなたの作品から、悩ましい養分を吸い取るということになるし、心の底を心を動かされて、誰もが自分の心にあるものをそれと知るようになるんです。若い連中というものは、それ、多情多感でね、せりふ回しの面白さもわかれば、舞台の嘘をたのしみもする。出来上がってしまった人間には、手のつけようがない。相手にして甲斐のあるのは、これから大人になろうという方です。
詩人 そんなら、このわたしがまだ青年だったあの時代を返してくれたまえ。あの頃は後から後から滾々と、詩が新たに湧き出していたし、世界はまだ 霧の中に包まれていて、蕾は未来の奇蹟を約束してくれていたし、谷々を豊かに飾っていた花々の、一つひとつがすぐ詩になったのだ。わたしは何も持っていなかったが、それでも心は満ち足りていた。真理を求める気持ちと、夢幻の姿を味わいたのしむゆとりがあったからです。あの頃の胸の動きを、深い切ない幸福を、憎む気力を、愛する激しさを、そっくりそのまま返してくれ給え。わたしの青春をわたしに戻してくれ給え。
道化役 いや、お待ちなさい、そいつが必要なのは、精々のところ、戦場で敵に襲われたり、ね、 可愛い娘っ子がしゃにむにかじりついてきたり、さ、 駆け競べをして、遠くの方から、たやすく手に入ろうとはしない勝利の栄冠があなたをさし招いていたり、だ、 烈しい踊りを踊ったあとで長夜の宴でも張ろうという時なんかじゃありませんか。ところが、大胆に、また優にやさしく、手練の竪琴を掻き鳴らし、自分で極めておいた大詰めへ、たのしい道草を喰いながら向かって行くという、これは、あなた方、老先生のお役目だ。そしてわたしたちは、そういうあなた方をもやはりお敬い申さずにはいられません。世間じゃ、年寄りは子供染みるというが、子供のままでいるというのが本当の年寄りというものです。
座長 議論はもう沢山だ。さあそろそろお手並み拝見と行きましょうか。互いに世辞などいい合っていないで、その暇に何かまともなことをやってみてはどうです。気分だ、情緒だといっていたって、それがなんになります。ぐずぐずしていては、気分も起こるまい。あなた、詩人だと名告られるからには、号令をかけて詩を動かして下さい。わたしに必要なものは先刻御承知のはずだ。強いのを一杯、ぐいとやりたい。 どうぞ早速醸造に取りかかっていただきたい。今日だめなことは、明日もだめだ。一日だって無駄にしちゃいけない。決心して、これならやれるということの襟首をしっかりつかんでしまわなくちゃ。一旦つかんだら、二度と再び離さないで、あとは自然の勢いで事は運んで行くものだ。御両所知っての通り、ドイツの舞台では、誰でもやりたいことをやっているんだ。だから今度の興行では、書割り、からくり、なんでもふんだんにお使い下さい。太陽も結構、月も結構、星なんかいくら使ったって一向に構わないし、水仕掛けに火仕掛け、岩壁はいうに及ばず、鳥やけものも、どうぞご存分に。舞台は狭いが、遠慮は要らぬ。造化の万物を駆り出して、緩急よろしく、天国から、この世を通って地獄へまでも歴回ってもらいましょうか。
京都の街を潤す琵琶湖疏水
パナマ運河が構想から実現まで400年かかったように、琵琶湖の水を京都へ引く計画も、平清盛や豊臣秀吉の時代からの念願だったのですが、それが実現するまでには数百年もの歳月がかかりました。

琵琶湖疎水 第1トンネル東口
京都は周囲が山々に囲まれた盆地で、夏になると川の水も干上がってしまい慢性的な水不足となります。東には巨大な水源の琵琶湖があるものの、その間には比叡山、大文字山、長等山といった連山に阻まれており、それらを開墾し水路を築くには、西洋における科学革命や産業革命を経て、近代土木技術が発達するまで全く不可能だったのです。

河田小龍(図)『琵琶湖疎水線路全景』
幕末から明治にかけての京都は、戦乱による町の焼失や首都機能の移転(東京遷都)によって産業や人口が激減し、活気を失っていました。その再興のために考えられたのが琵琶湖疏水計画です。しかし当時は反対の声も少なくなかったようで、滋賀からは「我が県には何のメリットもない」といわれ、大阪からは「川の水位が上がるからやめろ」といわれ、京都の人さえも「京都が水浸しになる」といわれるなど、必ずしも地域住民の理解を得られたわけではありませんでした。しかし現在となっては、京都の水道水の97%は、「近畿の水瓶」ともいわれる琵琶湖の水を供給源としており、その他灌漑や発電にも利用されており、人々の暮らしに不可欠なものとなっています。

禁門の変(幕末の京都)

東京遷都
琵琶湖疎水計画という大事業を担ったのは大学で近代工学を学んだ青年でした。

田辺朔郎 琵琶湖疎水の総責任者
工部大学(現在の東京大学工学部)で土木工学を学ぶ
北垣国道京都府知事から任命された
当時、若干21歳
琵琶湖疎水、全体像

第1疏水
滋賀県大津市観音寺から京都府京都市伏見区堀詰町までの全長約20km
第2疏水
第1疏水の北側を全線トンネルで並行する全長約7.4km
疏水分線
京都市左京区の蹴上付近から分岐し北白川に至る全長約3.3km
断面図
トンネルは山の両端からだけでなく、山頂から竪穴を掘り進めて工期を大幅に短縮した

水路は船で物資を運搬する運河の役割も担ったが、蹴上船溜ー南禅寺船溜の間は高低差が36Mもあり、船を載せて電力で稼働する傾斜鉄道が設置された。画像はその跡。現在は廃止され、遺構が残されて桜並木となっている。

南禅寺境内にある琵琶湖疏水の水路橋(左)
田辺朔郎が古代ローマの水道橋に倣って設計・デザイン
(日本遺産)
南フランス・ガール県の「ポン・デュ・ガール」は紀元1世紀頃建造の水道橋(右)
(ユネスコ世界遺産)
古代ローマ帝国の支配下で、ユゼスの泉からニームに全長52kmの水路が敷かれた。
古くから栄えたニームは、円形闘技場や博物館など古代建造物がいくつも残されているが、とくに織物の名産地として知られ、ジーンズ生地のデニムは、この街の名に由来しています。
※フランス語で「serge de Nîmes セルジュ・ドゥ・ニーム(ニーム産の綾織生地)」

ガール県の水路図(左)
ポン・デュ・ガール ―フランス南部に2,000年前の姿をとどめるローマ時代の水道橋― | 古代ローマライブラリー
デニムが生まれたのはいつ?どこで?デニムの歴史を辿ってみた! | 株式会社アミナコレクション

当初は発電のために、南禅寺の北にある鹿ケ谷に水車を並べる計画だったが、田辺朔郎はアメリカへ渡って当時最先端だった水力発電所を視察し、日本への導入を決める。
1891年開設。その力強い動力源をもとに、蹴上インクラインや1895年(明治28年)に開通した京都電気鉄道(後の京都市電)の運用が可能となった。
京都市電

自動車の普及で現在は廃止されている
蹴上船溜からは、疏水は2つに分かれて疏水分線となります。
一方は西の南禅寺船溜~夷川船溜を通って鴨川へ注ぎ、もう一つは、南禅寺水路閣から北へ向かい、白川疎水~哲学の道から高野川~賀茂川へと流れます。

哲学者・西田幾多郎が学生たちと散策した

京都の街を潤している琵琶湖疎水は、日本遺産、土木遺産となっています。
蹴上、南禅寺周辺は桜の名所としても有名で、田辺朔郎の銅像があります。
2017年に大津からの観光船が67年ぶりに復活しています。

NHK「見えた 何が 永遠が 立花隆 最後の旅」(所感、信仰者の立場から)

「見えた 何が 永遠が ~立花隆 最後の旅」
2023年 NHK放送
1時間40分の番組を今回、初めて視聴しました。TV録画とエンコードが日課となっている日々ですが、ここ数年来、録りためた未視聴番組がわりと膨大な量になっております。いざ番組を見だすと、示唆にとんだ言葉や問題意識が次々と語られるので、途中からメモを取りながらみていました。今回はそれらをざっくばらんに引用の上、個人的な所感を述べてみようと思います。あくまで信仰者としての立場から書いた感想ですのでご了承ください。
東大フランス文学科卒業後、文芸春秋に入社するが、全く興味のないプロ野球の取材をさせられて退社し、東大で哲学科に入学し直す。
読書家でありジャーナリスト。徹底した取材と分析にもとづく「田中角栄研究」を著して、金脈政治を暴き、政権を退陣に追い込んだきっかけをつくった。
読書量もすごいが、数多くの専門家、科学者に会い取材を重ねた。ジャングルの奥地で行きインディオとも交流している。
また多くの著書を出版されており、私が読んだ記憶があるのは、
『思考の技術―エコロジー的発想のすすめ』『宇宙からの帰還』『「知」のソフトウェア』『青春漂流』『脳死』『臨死体験』など。比較的古い本ばかりで、後半生のものはほとんど読んでいません。『思考の技術』だったと思いますが、「記憶術の要諦は、瞬間想起にある」と書かれていたのを覚えています。
2021.4.30夜に入院先の病院で心臓の血管がふさがる急性冠症候群で亡くなりました。
※心臓へ血液を運んでいる冠動脈が狭くなったり、詰まることで引き起こされる病気。
長年、膀胱がんや糖尿病、高血圧や心臓病など多くの病気を抱え、入退院を繰り返していたようです。
もう少し長生きしていただきたかったですね。
以下、番組からの引用と所感です。
文芸春秋を辞めて東大哲学科に再入学
「当たり前のことではあるが、人間可能な限り、やりたいことをやるべきだと思う」
「僕が知りたいと思うただ一つの事。僕自身とはいったい何者であるのか。それを知るために僕は本を読み続け、生き続けてきた」
読書リスト
・10万冊の所蔵が「ネコハウス」にあったが、死後一冊残らず売り払った。
・1冊の本を書くのに100冊読む必要がある。
※I-O比(インプットとアウトプット)


1970年代の手帳に、呼んでいたと思われる膨大な量の本のリスト。そして勉強することのリスト。文学、哲学、社会学、数学、あらゆる分野の本がリストアップされている。

「知りたいことを教えてくれる学問はない。知識を得ようと努めながら無知があらわになっただけ」
「机上の学問より、実践の中により多くの真理がある」
「明らかに見、確信をもって生きるために真偽弁別力をつけたい」
人間はどこから来て、どこへ行くのか
「人間はどこから来て今どこにいてどこへ行こうとしているのか、そこのところをいろんな角度から光を当てて考えて続けてきた」
これは、あらゆる人々にとって普遍的なテーマでしょう。
ゴーギャンの絵のタイトルでも有名です。

「全てを進化の相の下に見よ」
ティヤールド・シャルダン氏の言葉です。
誕生以来、進化を辿ってきた生命は、未来にはどのような姿になっているのでしょうね。
田中角栄研究
1974年11月、月刊文藝春秋に発表した「田中角栄研究~その金脈と人脈」は、当時の総理大臣・今太閤と呼ばれた、田中角栄内閣を退陣に追い込むきっかけを作った。
取材は、従来とは全く異なる「オープンソース・ジャーナリズム」という手法。公開された情報を駆使して真相に迫るというもの。具体的には、田中氏に関する土地や会社の登記簿のコピーを片っ端から集めさせ、それを起業や人ごとに詳細な時系列の表や図にまとめた。また、ある企業が別の起業に投資した時系列の推移を作成し、その投資の流れから実体のない企業をあぶりだし、田中氏の不透明な金の流れをつきとめた。
「あのために俺どれだけ人生損したと思う?本当に腹立つよね。めちゃくちゃ時間使わされたから、角栄にね。もう本当にやめにしてほしい。こっちはこっちでやりたいこと全然別の方向にたくさんあるわけですから」
腹を立ててるのに痛快さを感じられる。
本当はやりたいことが別に山ほどあるのに、放り出すことのできない痛切さが伝わってきます。
境界
「『人間とは何か』を知るための手掛かりを探っていた。見当識とは、「自分が誰なのか、今どこにいるのか、今がいつなのか」を把握する能力を示す医学用語。全体を俯瞰し、自身の立ち位置を知る。この考え方が、様々な境界を知ることにつながっていった。生と死、地球と宇宙、人間とサル・・・など。立花さんにとって、知に限界はなかった。分からないことをはっきりさせたいという関心はすごく強かった」
立花さんの著作には、『脳死』、『サル学の現在』など「境界」を意識したものが多いですが、私が最近よく考えるのは、「生命」が「無機物」から生み出された不思議さについてです。
生命とは、①膜がある ②代謝を行う ③自己複製する との3つの条件を備えるものですが、さらに先の「進化」という概念と合わせ、「生命」が無機物の塊でしかなかった「原始地球」から生み出されたもの、という驚くべき事実に思いを馳せます。かつて地球の歴史で、少なくとも一度は無機物から生命が誕生した瞬間があった。そしてそれ以後は起きないのです。生命は、基本的に生命からしか生じないからです。なのでたった一度でも無機物から有機物が生じ、生命へと進化していったというのは途方もなく奇跡的なことなのです。それは偶然なのか、必然なのか。偶然だとしたらあまりにも奇跡的すぎるし、必然だとしたら宇宙そのものに生命を生み出す働きが予め内在していると言わざるをえません。仏法の生命観からいえば、これは必然的なことと考えられます。現在の天文学においても、他の無数の天体の中には、我々以外にも生命の星があり、我々人間のような知的生命体も、実は広大な宇宙の中に少なからず存在していると考えられているようです。これはまたの機会に取り上げたいと思います。立花氏がいうように、世界の真実はまだまだ未知のものや謎がたくさんあって、「分からないから面白い」というのもありますが、できれば「分かりたい」「知りたい」とも思います。
人間の文化的営為とは何なのか?
「そもそも我々人間がやっている文化的営為、それは一体何なのかという問題があるわけです。それは人間の存在あるいは人間が作り出す文化を、どういう視点からとらえるかという問題なわけです。それは一体、誰がどうやって、誰がどうやったところは、どうやって判断するのかという、その哲学的な、根本的な分け目のところが、人類史の中で誰もちゃんと回答していない、回答できない。そういう部分があって、じつはそこが一番面白い部分があるわけです。だいたい哲学って、僕は実は哲学の卒業生でもあるんですが、哲学の最も面白いところはそこにあるわけです。学問の面白さの相当部分は、じつはその辺りにあるわけでして」
世界中の、宗教、思想、文化など各界を代表する人物に集まってもらって論じてもらいたいテーマですね。仏法者として一言でいうなら、「諸法実相」「下地獄より上仏界までの十界の依正の当体・悉く一法ものこさず妙法蓮華経のすがたなり」であるし、「三世を遊楽する生命の旅」であると思います。
最後は『歴史』の本を書きたい
「初めは自分がどういう歴史の中にいるのか分からなくて、どんどんこの流れをさかのぼっていくと、人類のそもそもの流れを考えなければいけないということになってきて、結局宇宙の始め、ビッグバンまでいかないと、歴史というのは語れないというかね」
「だから僕はずっと昔、僕は最後には『歴史』という本を書きたいと、その『歴史』というぼくの本は、ビッグバンから始まる歴史を全部書きたいと。ビッグバンから始まってどうしてここまでこう来たのかという、要するに我々の現在、自分自身の現在、そして其の現在を踏まえての将来の展望。それが全部わからないんだと」
人類史を俯瞰するというと、ノア・ハラリ氏の「サピエンス全史」のような著作がありますが、立花氏も「サピエンスの未来」という本を書いておられます。こちらは、フランス人カトリック司祭で、古生物学者・地質学者(1881-1955)の進化論について解説したもの。レビューを見ていたら、どちらも読んでみたくなりました。
個性
「個性というのは捨てないで取ってあるもの、全てを含めてその人の個性なんです。だから片っ端から何でもいいから捨てちゃえ捨てちゃえというのは、自分の個性を切り落とすことなんです。人間の本能そのものが捨てられないようにできているからです。つまり人類史がなぜここまで進化したかと言えば、色んなものをとりあえず取っておいて、捨てないで後々の利用まで考えて、計画的にその後の生活をしたことによって、人類と他の動物が全部違ったんですね。だいたい捨てることに熱中するというのはマイナスの発想ですよね」
モノに関していうと、私もどちらかといえば捨てられないタイプ。でもどんどんモノが増えて困ります。要するに整理、分別がうまくできてないという問題でもあります。
人生は「のほほん」ではない
「あなたの職業は何ですかと聞かれたら、僕は勉強屋(と答える)」
「社会に出ても何となく大学時代ものほほんと過ごしてね、社会に出てものほほんとしたまま終わっちゃう人って結構多いでしょ。結構多いというかそれが大部分だから。でも僕は人生は「のほほん」ではないと思うんですよね。やっぱり人生において何らか意味あることを成し遂げる人というのは、その人の中に何かある種の情熱というものを持って生きていく人ですよね」
のほほんと生きていたいですが、情熱と行動がなければ「何者」にもなれませんね。
「知の営みは、やればやるほど分からないことがさらに広がっていく。何を知らないか。何をどれほど知らないか、だんだん分かってきた。その知らなさの具合が分かってきた」
知の巨人といわれながら、ソクラテスの無知の知を思わせる謙虚さ。絶えず「探究者」でありたいという、純粋な好奇心が伝わってきます。
死生観
「人間というのはそう簡単にがんから逃れられないと、生きることそれ自体ががんを育てている、そういうことが分かってくるわけですね。やっぱり人間は基本的に死すべき動物というか、だから死なないというのはあり得ないです。だからどこかで病気がその辺に差し迫ってきたとしても、どこかでその来るべき死を受け入れるスイッチを切り替える以外にない」
「生老病死」は生命にそなわる「宿命」でありますね。若き釈尊は、この人間が避けることのできない「宿命」の解決のために求道の旅に出たのでした。私も死生観がガラリと変わる瞬間というのがありました。
自分探しの旅
「結局、僕はどんな人もその人の一生というのは、生れてから死ぬまで全部が自分探しの旅をしてるのだと思うんです」
「世界ではなく自分自身を征服せよ」とのデカルトの言葉を思い出します。「自分探し」というと色々な解釈ができそうですが、自分自身となるということは、世界を征服する以上に、困難かつ奥が深いことであるのでしょう。
人は死んだらどうなるのか?

「人間は死ぬときに何を体験するのか。死んだらどうなるのか。一切が消えて無になるのか、それとも何らかの死後の世界があるのか。これは死んで蘇った人がいない以上、永遠の謎です」
臨死体験者のリストを作り、一人一人の証言をまとめた。臨死体験者への取材、日本だけで300人以上にのぼった。しかし結論を出すことはできなかった。音声記録には、調べても調べても答えを得られない苦しさを訴えが残されていた。
「いずれにしても人間というのは必ずいつか死ななければならないわけです。ところがでは一体、人間が死ぬというのはどういうことなのか。死んだらある意味でどうなるのか。そういうことについて人間というのは誰一人確実な知識を持っていないわけです。自分の死あるいは人の死というものを考える手がかりは何かというと実はない。何もないわけですね。いつかは人間死ななきゃならないんだけれども、死んだ後どうなるかという確実な情報は誰もくれないわけです。人間の人生というのは自分の死を死ぬ瞬間に、よい死を死ねるかどうかということがおそらく人生にとって一番大切なことではないかと思います。じゃあそういうことで今度自分の死というものを考え始めると大抵の人はものすごく心の中で苦しくなる、辛くなる。自分の死というものは、なんとしても自分自身で考えたくない。そういう対象のわけですね」
死について考えることは重要な意味を持ちます。
池田SGI会長は、ハーバード大学での講演で、現代は「死を忘れた文明」であり、人々は「死」を忌まわしきもの、直視したくないものとして遠ざけていると。
しかし日蓮大聖人はこのように言います。
「されば先(まず)臨終の事を習うて後(のち)に他事を習うべし」
まず「臨終」のことを習った上で、死生観に立った生き方をすべきであるとし、寿量品の久遠の釈尊の生命観に基づき、「一生成仏」の生き方を勧めます。仏法では「生は死の準備」であり、日々目ざめと睡眠を繰り返しているように、生死もまた繰り返されます。多くの人は将来に不安を感じ、勉強したり、貯蓄をしたりするわけですが、それと同じように「心の財(たから)」、つまり功徳・善根を積み、豊かな生命を磨いていくことが、いわば死への備えとなります。生死を繰り返す生命には因果、業がそなわり、前世の業が今世に。また、過去世から今世に至るまでに蓄積された業が、来世に引き継がれる、と考えられるからです。ですので、妙法の三世の生命観に立ち、今世のうちに宿命転換を果たし、一生成仏していくことが妙法の仏道修行となります。
がん
世界中を飛び回りがんの正体そのものに迫ることにこだわった。パリの研究者を取材し、がんが進行するメカニズムを尋ねる。がんは免疫細胞を作ることで進行するらしい。がん細胞は生命発生の仕組み、新陳代謝の仕組み、傷を治す仕組みを利用して身体を蝕んでいる。がんは生命の仕組みと分かちがたく結びついているという。
「ありとあらゆる手段を自ら作り出して困難を突破していくがんの能力というのが、ありとあらゆる困難な状況の中で生命というものが生き抜いてきて、今日の生命全盛時代みたいな、そういう時代を生き抜いた生命の歴史そのものが、がんの強さに反映している」
「がんは半分自分で、半分エイリアン。がんをやっつけようと思っても、エイリアンの部分だけをやっつけられればいいんだけれど、半分は自分なんですよね。がんは考えていくほど『人間とは何か』、『生命とは何か』と考えさせられますよね」
「がん患者はがんに必ず敗北する。闘病という意味では敗北するが、闘病イコール人生ではないですから、(がんに敗けても)人生で勝つことがあるといえる」

臨死体験研究の世界的権威 レイモンド・ムーディー博士

「そもそも人生は死ぬまで理解できないものなのです。私たちが死ぬとき何があるのか、私たちの論理や思考が不十分なため、なかなかわからないのだと思う。そして死ぬときは臨死体験という冒険が待っている。私もあなたも好奇心を抱きながら人生を全うしていくのでしょう」
立花「あなたがどこか落ち着ける永遠の場所を見つけられることを祈っています」
「臨死体験者の証言は、体験者の証言でしかない。それが客観的にどうのこうのはいうに足りないエビデンス。いかに体験者が、これが自分として生のリアルそのものだったと主張しても、それを彼以外の誰かにエビデンス付きで認めさせるというのは難しいですよね。基本的に臨死体験というのはそういう性格を帯びている。その人にとってはすごいリアルで、本当に起きたこととしか思えない。でも他の人にそれを伝達できるかと言えばできないでしょう」
立花さんが最後に出した結論は、死後の世界の存在を証明する科学的証拠はなく、死んだら物質的には無に還るというものでした。
「死の向こうに死者の世界とか霊界といったものはない。死んだら全くのごみみたいなものとなる。意識なんてものも全く残らない。これが一つの唯物論的な、即物的な考えで、これは微妙なところです。こういう考えに賛成する人もいるだろうし、そうでない人もいると思います」
この取材の後、立花さんは自分をごみとして捨て去ってほしいというようになった。
人は死ぬ時どうなるか(つづき)
死ぬ間際の臨死体験を科学的に説明できるか、世界中の科学者に執拗に話を聞いて回った。しかし死後の世界があるという科学的証明はなかなか得られなかった。
「人間は不死ではなく死すべき運命にある。しかし人は死すべき運命にあると自覚したとたん、その運命を乗り越えることができるのではないかとも思った。自分は弱い人間だけれど、周囲に支えられてこうして生きてくることができた。その周囲の人に対して最後に『ありがとう』の一言を言いたい。人間の命は単独であるわけではなく、いくつもの限りある命に支えられて時間を過ごしていく。周囲に支えられて存在するという意味において『いのち連環体』という大きな輪っかの一部でもあります。そしてそういう連環体が連なって大いなる『いのち連続体』をなしている、そういう風にみることができると思います」

「人間の命は単独であるわけではなく、いくつもの限りある命に支えられて」
というくだりは、縁起説そのものであるように思われます。
「どういう哲学をもってしても本当のところはよく分からない部分というのは、人間にとっては永遠に残る世界に、そういういような在り方で人間は生き続けてきたし、これからも生き続けるんじゃないか。生きるというのは面白い。分からないから面白い。人間という存在はもっと豊かで、そう簡単にこうだと言えないという、そこに面白さがあるという気がした」
結局、「知」という次元では「死」について何も知ることができないわけです。釈尊は成道後の最初の説法で「不死の門は開かれた」(中村元訳『仏典』1)といっています。法華経が説かれてのはもっと後ですが、寿量品に示された「三世」という生死を踏まえて、不死の扉となるのは、やはり「信じる心」であろうと思います。「信」も「知」も、互いに補完し合うものでありどちらも重要ですが、心の根本にはだれしも、何らかの「信」というものがあるものです。それは唯物論者だってそうです。では科学的根拠などない状態で何を信じるのか。それによって生き方や心の向かう方向は確実に変わるでしょう。妙法の信仰者においては、こうした信念にもとづいた実践や経験によって得られる充足感や確信こそが、何より大切であろうと思います。
法華経薬王品第二十三
「此の経は則ち
竹藪
「竹藪ってなんだか知ってますか。竹は全部地下茎でつながっているんです。そうすると、竹がある山はあれは一山全部一つの植物なんです。人間の知的な営みも実は地下でつながっているんです。みんなの頭の中にあることはどこかであなたがたの頭に何らかの形で取り込んだわけです。人間の知識の体系みたいなものも、そういう風につながっているんです」

ユングの集合的無意識を思わせますね。仏法の「九識論」でも、それぞれの「個我」は、生命の深層の次元で「大我の生命」とつながっているとされます。唯識論では八識のみですが、仏性を知る天台教学の立場からは、九識が展開されます。
日女御前御返事
此の御本尊全く余所に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり、是を九識心王真如の都とは申すなり
ユングが提唱した分析心理学における中心概念であり、人間の無意識の深層に存在する、個人の経験を越えた先天的な構造領域である。普遍的無意識とも呼ぶ。個人的無意識の対語としてあり、ユングはジークムント・フロイトの精神分析学では説明の付かない深層心理の力動を説明するため、この無意識領域を提唱した。
九識論
九識 の内容・解説 | 教学用語検索|創価学会公式サイト-SOKAnet
総合知
「現代社会において最大の問題は、あらゆる知識がどんどん細分化し断片化し、ありとあらゆる専門家が実は断片のことしか知らない。専門家が総合的にものを知らない。それが現代における最も危機的な部分であるから、断片化した知を総合する方向にいかなければいけない。自分を教養人に育てられるかどうかは、自分自身の意思と能力と努力次第なんです」

専門化にしろ、多様性にしろ、人類全体がどのような価値観に基づき、いかなる方向へ進んでいくのか。荒々しい猛威や蛮行をどのように制御していくのか。
というのは、とても重要な難問です。
50年後の未来へ
「50年後というのを考えた時に、50年後の未来社会の萌芽はすでにこの世の中にあるんです。それは間違いなくあるわけです。しかしどれが本当の、つまり50年後の社会が来た時に、その時実現するそういうポテンシャリティを持ってる、それを最大に持ってるかは分からないわけです。分からないけれども、とにかくトライしないとどれが本当かは分からないわけです。だから常に分からない状態の中でトライにトライを続けるということが、我々人間が置かれた運命なわけです。
その時必要なものは夢見る力なんです。単に夢見る力だけじゃなくてその夢を見つつ、そうなってほしいとか、それを実現させたいとか、そう思うパッションが出てくると、その夢それ自体が自己実現能力を持ってくるわけです」
ずっと勉強している
「平尾君、元々俺は勉強が好きで勉強が仕事だって言ってきたけど、一番勉強してるのは今なんだよ」と。「どれくらい勉強してるのか、ずっと勉強してる」と言っていた。
立花さんは、誰かが辿り着いた知を集積するのではなく、人間一人一人が学び高めていくことに意味を見いだしていたのではないか。
「見えた、何が、永遠が」
40代の著作「エーゲ 永遠回帰の海」の一節。
8000kmのエーゲ海の旅の末にそう書かれた。
「かつてそう書いて詩人を廃業した詩人がいた。永遠を見る幻視者たりたいと思うが、それを本当に見るのはこわいような気もする」
紀元前の遺跡だけをひたすらめぐる旅。人間の営みとそれを超える何かを感じ取ろうとしていた。


全てを進化の相の下に見よ
20世紀を代表する進化生物学者 ティヤールド・シャルダン 新たな進化論
「全てを進化の相の下に見よ」それはあらゆる分野を学んだ立花さんが、万物の歴史は全て進化の歴史だと語る言葉から始まっていた。ビッグバンで始まった宇宙は、素粒子を生み、原子となり、物質へと進化しました。それは星を生み、生命を生んだ。その進化の果てに脳を発達させ生れた人類、その次の進化の舞台こそ知だという。人類の知は今後、相互に影響し合い、さらに複雑化。個々の人の意識が蜘蛛の巣のように絡み合う。それにより人類全体がより高次の意識を持ち次のステージに立つ」と立花さんは記していた。
人間が獲得した新たな遺伝
「動物の場合、世代を超えて伝承される情報は遺伝情報しかない。しかしヒトの場合ははるかに大量の情報が言語情報として世代を超えて伝えられていく。これは人間だけが獲得した新たな遺伝の形式だという。人間の持つあらゆる知識が総合されて、一つの一貫した体系として共有されるようになってきた。これらの動きの延長上に人類全体が一体となって志向するような日が来るだろう。超人類の誕生であり、超進化。ヒトという種のレベルを超えた進化が実現する」
情報や文化を遺伝と呼ぶのは以下の書でも知られます。
唯物論者として有名な方です。
利己的な遺伝子 40周年記念版 : リチャード・ドーキンス, 日髙敏隆, 岸 由二, 羽田節子, 垂水雄二: 本

結局、立花さんの死生観がどういうものなのかは、番組で明確には述べられなかったように思います。数多くの取材を重ねたが結局、客観的には何も分からないのだと。その上で、何らかの結論を立てていたのか。唯物論的な「無」と考えていたのか、何らかの「永遠」を感じていたのか・・・。
亡き王女のためのパヴァーヌ
番組で流れていたラヴェル作曲「亡き王女のためのパヴァーヌ」。
哀しくも、美しい曲です。
指揮は小澤征爾さんです。この方も最近亡くなられたばかりです。
指揮:小澤征爾 演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ
以上、番組の紹介と感想でした。
途中で長いなと思いつつも、ほぼ省略なしとしました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
池田大作先生のご逝去
池田大作名誉会長逝去
2023.11.18
https://www.sokagakkai.jp/news/2528823.html
先生からは、誇りあるお名前をいただきました。
私は福子なので、父母から先生が師匠であると子供の頃から聞いてきた。
しかし、先生が為そうとしていることの意味を、おぼろげながらも理解するまでには相当な年月がかかった。
今思えば、若い頃は、感覚的に真偽や正邪を感じ取ってはいたものの、それを言葉にするための十分な知識も経験もなかった。
いわば、私は長い間、無神論者であったとすら言え、本当の意味で信仰心を持つようになったのは、ここ数年の、最近になってのことだ。
学会の中で生まれ、育ち、その世界を見てきたからといって、信仰心が打ち立てられるわけではない。大幹部になっても離れていった人がたくさんいるのは、妙法の哲学が、自身の中で確立されてないからと私は思っている。
法華経第四に信解品とあるが、信と解は互いに補うものであるが、自身の中で芽生える多くの疑問に対し、自身で回答を見いだしていかなければ、つまり求道心を起こし、自問自答していかなければ、それらを打ち立てることはできない、と私は思う。
言い訳になるかもしれないが、仏法に関する多くの著作や対談が出版されだしたのは、90年代の後半以降だった。私がそれらを手にして実際に読んだのはもっと後のこと。
先生が為された事績、偉業が人類史にどのような意義を持つのか、計り知れないが、
よくよく知っていかなければ、言葉にすることも、伝えることもできない。
先生のお言葉、ご指導は即仏法の教えであるので、簡単ではない。
自分自身が人間革命を起こしていく、というのがいかに困難なことか。
私には、あまりにも多い指導を目の当たりにすると、この妙法の信仰というものが、途方もないもののように感じられる。
学ぶべきことがあまりにも多く、途方もないが、数年前と比べると
少しは進歩することができたのではないか。
先生には、直接にお会いしたことはなく、本心を言うと、面を交えて、何かと、色々と聞けたらと思うことは何度もあった。
学会に属していても、わからないことはたくさんある。
また返ってくる言葉は、おそらく人による。
ともあれ仏法史上、不世出の指導者であり、恩師戸田先生の構想をすべて果たしてこられた。
多様性といえば聞こえはいいが、世界は確固たる哲学など持たず、いまだ混沌をきわめている。
このような世界にあって、妙法の哲学、人々や社会と関わる運動は、現実に歴史の流れを変える力を持つのか。
理念を行動に移すのは簡単ではない。
しかし理念のままでは、乖離は埋まらない。
高邁な理念を語る人は多いが、人を育て、社会と関わりながら建設、創造、変革していくことがいかに困難な事業か。
私はキャンバスを望むように、それらを俯瞰しながら、これからも先生の残された著作やご指導から学び、私なりの方法で伝えていけたらと思う。
また、ご存命のうちに果たすことができなかったが、妙法の画家として実証を示し、お応えしていけたらと思う。
池田先生のご冥福を、心よりお祈りいたします。
今まで、大変おつかれさまでした。
本当に、ありがとうございました。
イスラエル×ハマス紛争 パレスチナ問題
今年はツイッターが中心となり、ブログがなかなかできなかった。
10月7日にパレスチナの過激派ハマスがイスラエルをミサイル攻撃し、1400人のイスラエル人がなくなった。パレスチナ問題は、宗教上の問題も絡み、歴史的に根深い。
見方によって全然異なる見解となる。
イスラエルを建国したユダヤ人はヨーロッパや世界各地で中世~近代以降の宗教改革、科学革命、国民国家の形成、産業革命などを経験し、金融業で巨大な富を得た人々が集まり、国家を短期間で建設した。アメリカが後ろ盾でもあり、優秀な人材が多いのだ。
それに対して、パレスチナ人は多くの人々が難民化し、現在数世代を経ている。アラブ系の人々。地域は分断され、ガザは分離壁に囲まれており天井のない監獄といわれる。インフラも十分に整備されておらず、飲み水には海水が混じるため、浄化装置が設置されているという。とにかく文明力の差が大きく、両者の暮らしぶりを比較すると歴然である。
二国家解決というが、本質的には、いかに人間が育つかどうかが未来を分けるといえるだろう。ハマスはアラブ某国の支援を受けて武力に訴えているが、これではいつまでたっても民は虐げられたままだろう。方向性が間違っている。10.7のような武力的な手段、人質をとることはすべきではない。どちらが正義ということはできない。これは両者の根源的な哲学、宗教的理念ともかかわる問題。世界や隣人をどう考えるのか。建設的か、破壊的か。国際社会はどう立ち振る舞うのか。誰を助け、味方していくのか。3つの宗教にゆかりがあり、キリスト生誕の地でありながら、最も解決困難といわれる地域。抑圧や構造的暴力、武器供与も諫められなければならない。平和の達成は、平和的な方法でなければならない。
(投稿日付を勃発日にしたが、実際には大晦日~年明けに記述)